最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)850号 判決 1963年12月03日
判 決
北海道美唄市南美唄町三井下三条三丁目右仲一号
上告人
浜田鉄蔵
右訴訟代理人弁護士
杉之原瞬一
東京都中央区日本橋室町二丁目一番地
被上告人
三井鉱山株式会社
右代表者代表取締役
栗木幹
右当事者間の家屋明渡等請求事件について札幌高等裁判所が昭和三六年三月一〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。
よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人杉之原瞬一の上告理由第一ないし第四について。
所論の連合国最高司令官の声明、書簡等が、公共的報道機関についてのみならず、その他の重要産業についてもまた共産主義者またはその支持者を排除すべきことを要請した指示であり、日本の国家機関および国民が連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実かつ迅速に服従する義務を有し、従つて、日本の法令は右の指示に牴触する限度においてその適用を排除されるから、重要産業の経営者は、連合国最高司令官の右指示に基づいてその従業員を解雇することができるし、また解雇しなければならないものであつて、その解雇は法律上の効力を有するものと認めなければならないことは、原判示の引用する最高裁大法廷決定(昭和二六年(ク)第一一四号同二七年四月二日言渡民集六巻三八七頁、昭和二九年(ク)第二二二三号同三五年四月一八日言渡民集一四巻九〇五頁)に照し明らかであつて、これを変更する必要を認めない。そして、被上告会社の経営する石炭鉱業が前記重要産業に属することが多言を要しないところである。従つて、原判決が、被上告会社が連合国最高司令官の前記指示に基づきその従業員であつて日本共産党の党員である上告人に対し解雇の意思表示をした事実を確定した上、右解雇は法律上有効である旨判断したのは正当であつて、原審の右判断には所論のような違法はない。論旨はいずれも理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 横 田 正 俊
裁判官 河 村 又 介
裁判官 石 坂 修 一
上告代理人杉之原瞬一の上告理由
第一、原判決は法規範としての効力のない法令を本件に適用しておる。それ故原判決には民事訴訟法第三九四条にいわゆる「判決ニ影響ヲ及ボスコト明カナル法令ノ違背」があり、かつ裁判官は法律にのみ拘束されるとする憲法第七六条第三項に違背する違法がある。
原判決は、被上告人の上告人に対する本件解雇は「連合国最高司令官の前示声明、書簡等が、公共的報道機関についてのみならず、その他の重要産業についてもまた共産主義者またはその支持者を排除すべきことを要請した指示」にもとずく防衛措置としてなされたものであり、日本の国家機関および国民は連合国最高司令官のこの指示に服従する義務があつたので、すなわち右指示は法規範として日本の国家機関および国民に対し法的拘束力があるから、本件解雇は有効であるとしている。しかし、原判決判示の連合国最高司令官の前記書簡は、日本共産党中央委員を公職から追放すること、同党機関紙アカハタ編集担当者を追放すること、同党機関アカハタの発行停止、アカハタその後継紙同類紙の無期限発行停止をそれぞれ指示している。しかし、それらの指示自体、形式的にはともかくとして、実質的には連合国最高司令官の指示ではなく、法的規範としての拘束力を有するものではない。(原判決判示の声明はたんなる声明であり、形式的にも実質的にも最高司令官の指示でないことはいうまでもない。)その理由は次の通りである。
ポツダム宣言は、いうまでもなく、連合国がわが国に対する占領政策実施の大憲章ともいうべき基本法である、連合国最高司令官といえどもこの基本法であるポツダム宣言の趣旨に反する指示を発し、占領政策を実施することはできない。と同時に、降伏文書に明記されているように、日本国政府および国民はこのポツダム宣言を受諾し、これを誠実に履行することを約しているのである。いうまでもなく、それは、日本国政府および国民自らが積極的にポツダム宣言の条項を誠実に履行するのみでなく、ポツダム宣言の条項を侵す者があれば、その侵す者が誰れであるかを向わず、その侵害を誠実に排除すべき義務と権利あることも約しているものである。かような侵害を排除することなしには、ポツダム宣言の条項を誠実に履行する義務を果しえないからである。
原判決示の最高司令官の書簡による前記指示は、朝鮮事変の直前直後にかけて、わが国の民主運動と平和運動を弾圧し、臨戦体制をととのえるため、アメリカ帝国主義の代弁者としてのアツクアーサー元師の指示であつたことは、もはやなにびとも否定しえない歴史的事実である。しかして、この事実を蔽いかくすため、右各書簡および声明は、嘘偽と誇張された事実にもとずく、共産主義に対するヒステリツクなまでに強調されたヒボウの言葉のら列以外のものではない。
連合国の占領政策実施の大憲章であるポツダム宣言は、わが国に民主主義と平和主義が完全に樹立されることをひたすらに要求している、連合国最高司令官の前記指示はこのポツダム宣言に明らかに違背しておる。かような指示が連合国最高司令官の指示として何ら法的拘束力をもちえないこというまでもない。
被占領国の日本の政府および国民は、連合国最高司令官の指示である以上、これを無条件に守る義務があり、その指示がポツダム宣言の条項に違背しているか否か、したがつてそれが法的拘束力をもつか否かを自ら判定する権利はない。また、連合国最高司令官の指摘した事実判断についてさえそれの真偽を判定する権利はなく、その真偽を向わず、無条件にこれを尊重しなければならない。それ故、上告人代理人の前記主張は被占領下においては妥当でないとし、連合国最高司令官の前記指示は、最高司令官の指示として法的拘束力を有するものであるという主張がないではない(最高裁判所判例集一四巻六号九一九頁)。しかし、それは降伏文書において日本国政府および国民にポツダム宣言の条項を自ら誠実に履行する義務が課せられておりかつポツダム宣言の条項に対する侵害を排除する義務を課せられ、これを排除する権利が与えられていることを忘れたものである。また占領治下にあつた日本国政府および国民は自ら白を白と認定し、黒を黒と判定する自由さえうばわれ、最高司令官が白を黒と事実判断をした場合、日本国政府および国民はもはやこれを白と判定する自由さえないとするものである。わが国の民主化を占領政策の基本方針の一つとするポツダム宣言を忘れた主張にほかならない。
原判決は以上の理から目をそらし、連合国最高司令官の前記指示は最高司令官の指示として法的拘束力を有するものとしている。その良心にしたがい独立してその職権を行うことを裁判官に要求している憲法第七六条三項に違背するものである。なお、原判決は、最高裁判所の二つの判例を引用しているが、その判例自体前記のような誤りをおかしているから、変更さるべきである。
第二、第一の理由が認められないとしても、原判決にはなお民事訴訟法第三九四条後段にあたる違法と憲法第七六条第三項に違背する違法がある。
仮りに連合国最高司令官の前記各書簡が最高司令官の指示として法的拘束力ありとしても(最高司令官の前記声明が同指令官の指示として法的拘束力のないこと論ずるまでもないからこれを省略する)、右各書簡の趣旨は、すでに述べたように、それぞれ日本共産党中央委員の公職追放であり、同党機関紙アカハタ編集担当者の追放であり、前記アカハタの発行停止であり、もしくはアカハタおよびその後継紙同類紙の無期限発行停止である。右各書簡は基本的人権を制限することを指示したものであるからして、法的拘束力を有すとされる各指示の趣旨はこれを厳格に解釈すべきであり、合理的根拠なくして拡張解釈を許すべきではない。しかも、右趣旨以外の各書簡の内容はその指示が発せられるに至つた理由もしくは縁由にすぎない、立法の理由もしくは縁由がそれ自体法的規範と認められないことまたいうまでもない。のみならす、右各書簡の趣旨以外の内容は日本国内における共産主義の思想と行動を好ましくないとし、その語調からすればこれを抹殺すべきであるとさえするものであり、もしくはそれ故に、共産主義者をして公共の報道機関を利用させるべきでないとするにすぎない。そこには、公共の報道機関に雇傭されてはおるが、その報道機関の利用者の立場におかれていない共産主義者、たとえば筋肉労働者まで排除すべきであるとか、公共の報道機関以外の、原判決かいうその他の主要産業の経営から共産主義者を排除すべきであるというような特定された趣旨は全く含まれていない。
しかるに、原判決は連合国最高司令官の前記声明は「公共的報道機関についてのみならず、その他の重要産業についてもまた共産主義者またはその支持者を排除すべきことを要請した指示」であると解釈し、もつて本件解雇にこれを適用している。しかし、かような拡張解釈は、前記理由からして、拡張解釈の濫用であり、その良心にしたがい独立してその職権を行うことを使命とする裁判官のとるべき態度ではない。かような解釈は権力者に対しアコとコビ、隷属を国民に強ゆる法解釈でしかない。
原判決はその解釈を裏づけるため昭和二七年四月二日、昭和三五年四月一八日各最高裁判所大法廷決定を採用している。しかし、右各決定は誤りであり、裁判官に課せられた使命からしてこれを変更すべきである。
なお、前記昭和三五年四月一八日最高裁判所大法廷決定は、原判決のような拡張解釈をなすべきであるとする一つの根拠として、最高司令官から「そのように解すべきである旨の指示が当時当裁判所に対しなされたことは当法廷に顕著な事実である」としている。しかし、そのような指示がいつ、いかなる内容で、いかなる形式でなされたものであるかは、今日までわれわれ国民の全く窺い知りえないところである。したがつてまた、それが右決定をなした裁判所に果して法的に顕著な事実であつたか否か、またその指示がはたして法的拘束力を有するものであるか否かさえわれ国民の判断しえないところのものである。それは裁判の公正と民主化という点からしても好ましくないところである。
第三、連合国最高司令官の前記声明および各書簡の趣旨が、仮りに、公共的報道機関についてのみならず、その他の重要産業についても、原判決のいうように、法規範として適用さるべきであるとしても、原判決にはなお民事訴訟法第三九四条にいう「判決ニ影響ヲ及ボスコト明カナ法令ノ違背」があり、それに関連し民事訴訟法第三九五条第六号にいう「判決ニ理由ヲ附セズズハ理由ニ齟齬アルトキ」にあたる違法がある。
一、連合国最高司令官の前記声明および各書簡が「公共的報道機関についてのみならず、その他の重要産業についてもまた共産主義者またはその支持者を排除すべきことを要請した指示」であるとしても、右指示は重要産業である、たとえば被上告人の経営から共産主義のすべてを無制限に排除すべきことを要請したものではない。すなわち共産主義者のうち、事業の正常な運営を阻害するものまたはそのおそれある者のみを排除することを禁止し、事業の正常な運営を阻害するおそれあると否とを間わず、いやしくも共産主義者であるかぎり、無差別にこれる排除すべしという硬直した趣旨の指示と解すべきではない。その理由は次の通りである。
(一) 昭和二五年いわゆるレツドパージが実施された当時、連合国最高司令部当局および日本の政府当局は、右レツドパージに該当するのは共産党員およびその支持者のすべてではなく、それらのもののうち積極的なトラブルメーカーにかぎられる旨しばしば言明していたことは当時の新聞報道などにより周知の事実である。当時労働省労政局長は昭和二五年一〇月九日(労発第三一五号)各都道府県知事あて公文をもつて、「企業の破壊的分子の排除は、企業防衛上必要な範囲にかぎり適確に行わるべきであつて、その範囲は一般に考えられているよりも相当小範囲に留まるべきものと考える。即ち、企業からの排除の対象は、共産党員およびその同調者であつて、且つその何れにしても、主導的に活動し、他に対して煽動的であり又はその企画者で企業の安全と平和に実害ある悪質な所謂アクテイブなトラブルメーカーである」旨の通牒を発している。この通牒は公文書で日本国政府の一機関として発せられたものであるからして、当時の諸般の事情からして、一労政局長個人の独断で発せられたものではない。日本国政府したがつてまた連合国最高司令部当局の指示または示唆の趣旨を体し、これを発したものといわねばならない。もし連合国最高司令官の意思に反する内容のものであつたとすれば、当時最高司令部として何らかの措置によりこれを撤回し取消さしたはずである。にかゝわらず、かような措置は何とられていなかつた。このことからしても、連合国最高司令官の前記声明および書簡等の趣旨は共産主義者を無差別に排除することまで要請したものと解すべきではない。
(二) 連合国最高司令官の前記声明および各書簡が重要産業から共産主義者を排除するための指示であつたとしても、これが排除は各重要産業の経営者の自主的措置にゆだねられていた。この指示にかかわらず、その経営から共産主義者を経営者が排除しなかつたとしても、かような経営者を強制してこれが排除の措置をとらしめるという、すなわち経営者の自主性をそこまで否定するほどの強制力まで右指示は有していなかつた。かような程度の強制力しか有していない指示であるにかゝわらず、本件のように労働組合との自主的協定により、共産主議者のすべてではなく、共産主義者にして事業の正常な運営を阻害するもののみを排除しうるむねの整理基準により解雇したとき、その解雇をもつてその指示に反すると解すべきではない。さらに、その基準の具体的適用をあやまり、共産党員ではあるが事業の正常な運営を阻害する者でないにかゝわらず、これを解雇したときには、右整理基準協定からすればその解雇は当然無効であるにかゝわらず、右制限を附した整理基準協定を最高司令官の前記指示に反し無効なりとし、右整理基準に該当しなくとも共産党員であるの故をもつて解雇を有効であるとすることは、甚だしく不合理であり片手落である。右整理基準を適確に適用すれば解雇されることがなかつたにかゝわらず、たまたまその適用を誤られたことによりその解雇を有効とされる結果となるからである。
本件における整理基準は、原判決も認めている通り、上告人を組合員としている三井美唄炭鉱労働組合をその構成分子とし、かつその下部組織とするいわゆる三鉱連と被上告人との間の協定において、事業の正常な運営を阻害する共産主義者またはこれに準ずる行動あるものを解雇することを内容とするのものである。本件解雇はこの整理基準によりなされたものである。しかして、右整理基準は前に述べる通り最高司令官の前記指示に反するものでなく有効である。しかるに原判決は最高指令官の前記指示の解釈をあやまり、右整理基準協定をあたかも無効であると独断し、本件解釈が右整理基準によりなされたにかかわらず、上告人が右整理基準に該当するや否を判断せず、上告人が単に共産党員であるの故のみをもつて、本件解雇を有効としているのは違法である。
二、最高司令官の右指示の解釈、したがつてまた前記整理基準の効力についての判断を怠つた原判決は、その事実認定につき民事訴訟法第二五七条同第三九五条第六号に該当する違法をおかしている。
本件解雇の有効無効についての当事者双方の争点を、まず、その弁論の全趣旨を総合して明らかにすれば、次の通りである。
原判決も認めている通り、被上告人がいわゆる三鉱連との間で昭和二五年一〇月一五日、事業の正常な運営を阻害する共産主義者またはこれに準ずる行動あるものを解雇する旨を定めたいわゆる整理基準等に関する協定を行い、次いで被上告人が右協定に基いて所定の手続を経て、上告人を右整理基準に該当するものとして、昭和二五年一〇月二一日解雇の意志表示をしたことは、当事者間に争いないところである。当事者双方の争点のすべてはこの当事者間に争いのない事実、すなわち本件解雇は前記協定により整理基準にもとづき被上告人が上告人に対してなした解雇の意思表示という事実を前提としたものである。すなわち、
(一) 名目上はともかくとして、実質的には前記整理基準を無視して信条にのみより本件解雇がなされたかいなかという点
(二) 本件解雇が名実ともに右整理基準によりなされたとしても
(イ) 右整理基準は憲法、労働組合法、労働基準法に違反し無効であるか否かという点
(ロ) (イ)の争点につき、仮りに右整理基準に違法ありとしても、最高司令官の前記指示にもとずき有効とされるか否かという点
(三) 右整理基準がいかなる意味においても違法でないとしても、右整理基準に該当する具体的事由が上告人にあつたか否かという点
以上の三点につきる。
かように、本件解雇は前記協定による整理基準にもとづきなされた解雇の意思表示であること、原判決も認めている通り、当事者間に争いのない事実であり、この事実についての法的効力がそれぞれ争われていたのである。しかるに、原判決はその判示する各証拠からして、最高司令官の精神と意図に徴し、かつ総司令部当局の示唆勧告に照し、「日本経済ひいては社会共の福祉に重大な影響をもつ石炭鉱業内より、日本の安定に対する公然たる破壊分子ならびにその同調者を排除するため、共産党員およびその同調者がこれに当るものとし、現に上告人がこれに該当するものとして、右声明、書簡等に基く防衛措置として、上告人を解雇する旨の意志表示をしたことが認められる」としている。しかし
(一) 本件解雇の意志表示の内容は前記協定による整理基準にもとづく解雇であり、しかもその点については原判決も認めている通り当事者間に争いのない事実である。かような意志表示を被上告人がなすにいたつた事情ないし縁由が、原判決にいう「右声明、書簡等にもとづく防衛措置」であつたとしても、それはあくまでも被上告人が本件解雇の意思表示をなすに至つた事情ないし縁由であり、本件解雇の意志表示の内容をなすものではない。原判決はこの理を無視し、本件解雇の意志表示の内容は前記協定による整理基準にもとづく解雇ではなく、あたかも原判決のいう最高司令官の指示にもとずく、したがつて前記整理基準にもとづかない解雇であると認定している。それは当事者間に争いない事実を他の事実にすりかえているものである。当事者間に争いない事実については裁判所は当然拘束されるのが弁論主義をたてまえとする民事訴訟法の原則(民訴第二五七条参照)である。原判決はこの原則を無視し事実を認定するという違法をおかしている。しかも、原判決は当事者間に争いのない前記事実を認めながら、なおかつ原判決の前記認定をさまたげるものでないとしておるのである。そのさまたげるものでないとする理由を解するに苦しむ。理由の不備というのほかない。
(二) 原判決は、その認定する前記のような解雇の意思表示があつたことは、「原審証人和田親敬の証言(第二回)によつて、成立の認められる甲第六号証の一および二と原審証人木谷六郎、石田源二、寺山朝、芳賀沼忠三、西鳥羽米一、和田親敬(第一、二回)当審証人早川勝、対島孝且(第一回)の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合」して認められるとしている。しかし、証人早川勝の証言は直接本件解雇の意思表示に関するものではない。また証人対島孝且の証言の内容は、本件解雇の意思表示の内容が前記整理基準にもとづく解雇であることを積極的に肯定しているものであり、たゞ被上告人は、労組との団交の席上、共産党員をもつて無条件に右整理基準に該当すとするかのような態度をしめしたというにすぎない。原判決判示のその余の書証ならびに証人の各証言は、すべて、本件解雇は前記整理基準にもとづく解雇の意思表示であり、最高司令官の指示にもとづくことを内容とするものでないとするのである。したがつて、右各証拠からすれば、本件解雇は右整理基準にもとづく解雇の意思表示であると認定するのほかない。原判決の認定するような解雇の意思表示であると認定することはとうてい許されない。原判決の本件解雇の意思表示についての前記事実の認定には理由を附せずまたは理由に齟齬あるものといわねばならない。
原判決のかような事実認定の違法は、結局、前記整理基準の法的効力につき判断をあやまり、しかも本件解雇を無効なりとする潜在意識にもとずくものである。
第四 第一ないし第三の理由が認められないとしても、本件解雇は前記協定による整理基準にもとづきなされた解雇意思表示である。原判決の認定するような解雇の意思表示ではない。しかも、原判決の認定するかような解雇の意思表示は被上告人から上告人に対しいまだかつてなされた事実はない。したがつて、いまだかつて上告人に対しなされていない解雇の意志表示を根拠として、上告人に対する本件解雇を有効なりとする原判決には、判決に理由を附せずまた理由に齟齬あるものといわねばならない(民事訴訟法三九六条六号)。
以上の理由により原判決を破棄し、本件を原審裁判所に差戻すべきである。